2010年05月06日

那智の滝

■『那智の滝』 【世界遺産】 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町





ここは随分前に行ったことがあった場所ですが、今回も感動しました!

近くに神社がありますが、人間が創ったものはこの滝の前には意味が無い様な気がします。
日本古来の自然崇拝の信仰心が素直に受け止められますね。
(時の権力者がコジツケで天孫降臨を利用する類のものは無意味です。)

その滝のスケールには圧倒されます。

この滝のマイナスイオンをいっぱい浴びることで調子が良くなった気がしました。
以前来た時もお財布の中にもらったお札を数年間入れておいた記憶があります。

ここのところのパワースポットブームで 『熊野古道』 と 『那智の滝』 はとても人気がある様で混んでいましたね。
駐車場の絶対数が少ないので午前中に行かないと停める場所が無くて大変なことになってしまいます。

浜松からはかなり距離&時間が掛かる場所ですので、行く際にはお気をつけて行って下さい!
何せ、和歌山は 『陸の孤島』 ですから…。

北海道に高速道路を造るより紀伊半島の方が当然先でしょ!

※ 『那智の滝』 の詳細はこちら ⇒ 那智の滝

那智大滝(なちのおおたき)。「日本の滝100選」のひとつ。
「日本の音風景100選」にも選定されています。

一般に「那智の滝」といわれ、「一の滝」ともいわれるこの滝は、 落差133mの日本一の直瀑です。
那智の滝は、今でも素晴らしい滝ですが、滝の背後や周囲の山々がすべて原生林に覆われていた昔の姿を想像すると、遥かに神々しい姿であったに違いありません。

滝の落ち口の岩盤に3つの切れ目があって、3本になって滝が落ちることから那智の滝は「三筋の滝」ともいわれます。
滝の落ち口の幅は13m。滝の落ち口には注連縄の張られていますが、この注連縄は毎年2回、7月9日と12月27日に神職の手によって張り替えられます。
滝の右手には「那智原始林」と呼ばれる原生林が広がっていて、国の天然記念物に指定されています。
32haというわずかな面積ですが、那智原始林は和歌山県下唯一の原生林で、とても貴重な照葉樹林の森です。

滝壺の深さは10m。南方熊楠によると大滑落岩塊のため3分の1強も埋もれてしまったそうで、昔はもっと広く深かったのが、滝の上の原生林を濫伐したために岩石が落下し、滝壷が埋もれて現在のように小さく浅くなってしまったらしいです。

熊野那智大社はこの那智の滝を神とする自然崇拝からおこった社です。
社伝には、神武天皇が熊野灘から那智の海岸「にしきうら」に上陸されたとき、那智の山に光が輝くのを見て、この那智の滝をさぐり当てられ、神としておまつりになった、とあるそうですが、神武東征以前から熊野の原住民が神としてまつっていたと考えるのが自然でしょう。

那智の滝には現在、「熊野那智大社別宮飛瀧(ひろう)神社」が鎮座し、大己貴命(おおなむじのみこと)が祭られていますが、神社とはいっても本殿も拝殿もなく、滝を直接拝む形になります。
社殿がないことからもはっきりとこの大滝が御神体であることをわからせてくれます。かつての熊野の自然崇拝の有り様を今に伝えている神社のひとつです。


(20100502旅)   


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2010年04月13日

三熊野神社大祭

■『三熊野神社大祭』 掛川市 (旧大須賀町横須賀)







個人的には何をいまさら…という感じであったのだ。
というのも、生まれ育った所とあまりに近くて、小さい頃 町と言えばここ横須賀 であり、あえて行く気もしなかったのです。

当時はアコスというショッピングセンターが出来てワクワクしたことを覚えている。

あれから…もう、かなりの月日が経っていますね…。


今回は、たまたま時間が合ったので、行ってみたのです。
お囃子を聴いていると…なんだか回顧録みたいな、自分の原点みたいなものを探している様な、そんな感じもしました。

結局、昼も夜も見に行ってしまいましたよ。

見る人、やる人と、かなり大勢の人がいて、とても活気に溢れていました。


あ~、でも 『祭り』 って基本的に見ているだけじゃつまらんですな。

小さい頃は、毎日がお祭りだったらこんなに楽しいことは無い!と本気に願っていたものです。

あの お囃子 があって、ジッとしているのは本当に不自然で、そういう自分がそこにいたのでした。

※ 『三熊野神社大祭』 の詳細はこちら ⇒ http://homepage1.nifty.com/suzuki-m/

遠州に春を告げる三熊野神社大祭。

毎年4月第1金・土・日曜日かけて行われる、この祭の最大の呼び物は、御輿の御渡とお供に従う華やかな13台の祢里(ねり)の曳き廻し。
繊細かつ勇壮な競宴に人々も引き込まれ、祭りは最高潮に達します。

大須賀の中心地に位置し、広い境内に荘重なたたずまいで鎮座する三熊野神社。
文武天皇の皇后がご懐妊のとき、「安産にて皇子誕生せば、東に3つお社を建て日夜お敬い申し上げれる」と神前にて誓われたところ、念願かなったので大宝元年(701年)熊野権現の 本宮遷されました。
以来、三熊野神社は子授け、安産、縁結びの神と広く信仰されてきました。


(20100404旅)   

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2010年04月12日

上江洲家(うえずけ)

■『上江洲家(うえずけ)』 沖縄 久米島





9時開館だったのですが、それより前に着いてしまったので付近をぐるりと廻って来ただけとなってしまいました。

写真は外側からだけで中途半端です。

とても立派なお宅でした。
所在地は山の中腹にあるのですが遠くに海も眺めることが出来て、時を経ても変わらぬ情景がここにはあるのだなぁと思いました。

この上江洲家の周辺には昔からある街並みが残っている様な感じがしました。
個人的には重要文化財の家より、ごく普通の街並み&家を見る方が好きなんです。

次回久米島を訪れた時には、廻りも含めてちょっと散策してみたいと思っています。

※ 『上江洲家』 の詳細はこちら ⇒ 上江洲家

具志川城主の末えいである上江洲家は昔の島の生活を垣間見れる。
重要文化財に指定されている場所

具志川城主の末えいである上江洲家は、代々地頭を勤めた旧家。
綿糸やお茶等の栽培を促進し、特に紬の製法を住民に普及させるとともに、貧民の救済、国王への献納など数々の善行をしたことでも知られている。
重要文化財に指定されているこの上江洲家の住宅は、「石垣殿内」と呼ばれている屋敷構えで、屋敷の周囲は、立派な石垣で囲まれている。


(20100401旅)  


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2010年04月10日

タチジャミ

■『タチジャミ』 沖縄 久米島





ミーフガー に行った後、勢いで行こう!と言うことになって行ったのですが、駐車場から遠い遠い…。
階段をず~っと下って、そこからまた細い道を結構歩きました。
所々草が多い茂っていてちょっと怖そうな場所もあったけど、整備はそこそこされていたからこの道を造ってくれた人への感謝の意味でも途中で引き返してはいけないと根性で突き進みました。

頑張って頑張ってようやくのことでタチジャミを横から見ると、平べったくて何とも不思議な感じがしましたね。

もう家族全員汗だくで大変でした。
ただでさえ大変なのに子供を抱っこしたりおんぶしたりしながらだったのでさらに大変でした。

帰り道は 『アイス!アイス!』 の掛け声をして一歩一歩帰って来ました。
それはまるで野球部員のランニングの掛け声の様でもありました。

ここでは夜になると、でかい ヤシガニ というものが穴から出て来るそうで、とてもそんな時間帯には来れないなと思いましたよ。

案の定、観光客はパスしていた様で誰とも会いませんでした…。

その後に飲んだコーラはビール以上に美味しかったですよ!
久米仙 の工場の近くの自販機で一服したのでした。

※ 『タチジャミ』 の詳細はこちら ⇒ タチジャミ

高さ40m、横幅70m、厚さ
5mの屏風をたてたような形の岩。
町の天然記念物でもある。

立神までの距離はかなりあるのと階段が多いので水はかならずもったほうがよい。

宇江城・仲村渠の海岸に位置する立神は、昔は幻の名所といわれていたが現在では遊歩道ができ誰でも行ける観光名所になった。
駐車場から海へ向かって階段をおりると久米島の天然記念物天宮城(アンマーグスク)の岩があり、さらに海岸沿いに歩いていくと滝があるのでそこで海へ向かってさらに歩くと海岸にそびえたつ巨大な岩の立神がある。

立神は見る角度によって形がぜんぜん違って見えるのでぜひ岩のすぐ近くまでいってみよう。

ときどき、天宮城を立神とまちがえて、階段をすぐまたのぼって帰ってしまう人もいるのでご注意。


(20100331旅)   


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2010年04月10日

ミーフガー

■『ミーフガー』 沖縄 久米島





具志川城跡 から眺めることが出来る場所です。
ここは子宝に恵まれるということで子供達と記念写真を撮って来ました。
(もう兄弟はいいかな…。)

近くで見ると岩が90度以上そそり立っていて迫力がありました。
ここでは観光客がタクシーやレンタカーで次から次へと来ていました。

祈祷をされていたと思われる場所には草が多い茂っていたので、最近は違う場所でお祈りをするのでしょうか?
少し気掛かりではありました…。
また、ゴミがたくさん流れ着いているので、近くで見るとどうしても汚らしく感じてしまいます。
中国や韓国製と思われるペットボトルとか結構落ちていました。

ここに限らず観光地では定期的にきれいにされていると思いますが、流れ着くゴミの方が多いと考え物ですね。
何とかしたいものです。

※ 『ミーフガー』 の詳細はこちら ⇒ ミーフガー

「ミーフガー」とは女岩という意味。子宝の神様? ここで拝むとご利益あるそうですよ。

大きな穴が開いている奇岩で、女性のシンボルとされています。
子宝に恵まれない女性がこの岩に拝むと、ご利益がある、と古来から言い伝えられています。
すぐ横は波の立つ海岸が迫っているので、ご注意を

「ミーフガー(女岩)」と呼ばれているこの岩は、裂かれたように穴が開いていて、その向こうには海が広がっています。
これとは反対に、久米島には「男岩」と呼ばれる小島もあります。
カラス(ガラサー)の溜まり場だったことから、「ガラサー山」とも呼ばれ、男性が拝むと自信回復につながり、男性のシンポルとしてあがめられています。兼城港のすぐ沖合いに浮かんでいる島です。

5月のテッポユリの時期は花の見所としても有名で、ミーフガーの前の海岸にはあちらこちらに真っ白いテッポユリが咲きます。

ミーフガーのすぐとなりにある軍艦岩は名前の通り海の上に浮かぶ軍艦のよう。波の強い日は白い潮をかぶり滝のように見えるときも。


(20100331旅)   


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2010年04月06日

畳石

■『畳石』 沖縄 久米島



とてもきれいで素敵な所でした。
正直な所、あの有名な 『はての浜』 より感動したくらいです。

2日間行ったのですが、初めて行った日はプライベートビーチみたいな状態で自分達しかいませんでした。

ここは干潮時にはリーフを遠くまで歩いていくことが出来ます。
行った時は一番潮が引いていたのでいろいろな生き物を観察しました。

ジャコ、ナマコ、小魚、カニ、ウニ、ヒトデ…

アーサ(アオサ)と思わしきものを思い切って子供達と食べてみたけど…単なる藻だったかもしれない…。

※ シュノーケルをしようと試みましたが、まだ3月…風も強くて寒いので断念しました。

※ 『畳石』 の詳細はこちら ⇒ 畳石

沖縄県の県指定天然記念物でもある畳石は、まるでカメの甲羅のような岩が海岸に広がっている。
透き通った海の色をみていると足をつけて歩いてみたくなるそんな雰囲気の海だ。

タイドプールには潮が引いたときに残された魚などをみることもできて楽しい。
すぐ横には海洋深層水温浴施設バーデハウス久米島やウミガメ館がある。


(20100331旅)   


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2010年04月05日

比屋定バンタ

■『比屋定バンタ』 沖縄 久米島









楽しみにしていたホエールウォッチングが中止となり時間が急に空いてしまったので、どうしようかな~と思いふらっと立ち寄ってみた所です。
そんなわけで…あまり下調べもせずに(あまり期待もせずに)行ったのですが、絶景でビックリしました。

海抜200mの絶壁から見る海の眺めは圧巻でした。

オフシーズンと言うこともあってか自分達の他に観光客はいなかったのですが、とてもいい景色が望める所でした。

※ 『比屋定バンタ』 の詳細はこちら ⇒ 比屋定バンタ

 慶良間(けらま)諸島、粟国(あぐに)島などが見渡せるビューポイント

「バンタ」とは絶壁のこと。
崖下にエメラルドグリーンの美しいさんご礁の海を見ることができます。
さらに、晴れていれば遠く、粟国島(あぐに)、渡名喜島(となき)、慶良間(けらま)諸島などが見える、海抜200mの断崖絶壁。

もちろん「はての浜」も見えます。
展望台があるので、そこから果てしない景色を眺めましょう。
売店もあるので、ドライブの途中に絶景を眺めながらのんびり休憩してみては?


(20100330旅)   

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2010年04月02日

とぅばらーま

■『とぅばらーま』 沖縄 国際通り



以前から一度入って見たかったお食事処で、今回那覇空港で離島からの乗り継ぎに幸いにも?時間が空いてしまったのでモノレールに乗ってちょっと寄って来ました。

外の雰囲気も良かったのですが、内部はそれ以上に良かったです。
内観は沖縄の古い民家をイメージして創ってあります。
東南アジアから琉球へと続く南方系の、視線的には開放的なんだけど個室みたいな居心地の良い空間なのでした。

料理も美味しかったです。
今度は夜のライブ開催時間にでも来てみたいものです。

ここは自信を持ってお勧めします!

もう少し時間があれば牧志公設市場まで行きたかったのですが、時間的に厳しかったので国際通りを少し歩いただけとなったのでした。

※ 『とぅばらーま』 の詳細はこちら ⇒ とぅばらーま

※店内の内装の詳細はこちら ⇒ 店舗紹介

国際通りから一歩入ると、目の前に懐かしい家並みと活気あふれる村の暮らしが広がります。
「ここが本当に店の中なの!?」と初めは誰もが驚くでしょう。
とぅばらーまの店内は戦前の沖縄、あるいは離島に残る素朴な生活空間を忠実に再現しています。
今は体験できない沖縄文化を感じて、わくわくして、元気になる空間。
とぅばらーまの世界をどうぞ体験して下さい。


(20100401旅)   


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2010年04月02日

具志川城跡

■『具志川城跡』 沖縄 久米島







周りに何も無い海の近くの小高い山というか絶壁の上にある城跡でした。
この近くに集落があったのかとかそういうことは分かりません…。
数年前に見た 勝連城跡 の様に、海に向かってそびえ立つ感じがしました。

石組みは緻密に組まれたものではなく隙間が結構ありました。
現在修復中のようで頂上にはブルーシートがたくさん掛けられていて、一体いつ修復が完了するの想像もつかないのが個人的には好きです。

そこから眺める景色は抜群に良いです。

※ 『具志川城跡』 の詳細はこちら ⇒ 具志川城跡

国の重要文化財に指定されている具志川城跡(ぐしかわじょうせき)は東シナ海が見渡せる場所。

15世紀初頭に久米島を支配した按司(アジ)の居城と言われている国の史跡。絶壁の上に建っています。現在は城門と石垣が残っていますが、自然を巧みに取り入れた要塞であるのが分かります。海に面 していることと、遺構から青磁片が出てくることから、当時の南海貿易を思わせる城になっています。

具志川城跡の石垣は、安山岩と石灰岩が使用されています。城壁の外側は絶壁でその向こうは東シナ海です。ここで盛大に南海貿易が行われていたのかもしれません。

平成11年より、久米島自然文化センターにより発掘調査がおこなわれていて城壁の復元も行われています。
考古学に興味のある人はぜひとも訪れてみてください。


(20100331旅)   


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2010年01月05日

備瀬の海岸

■『備瀬の海岸』 沖縄 本部町







自転車を借りて 『福木並木』 をゆっくりと走って来ました。
ここは前回少ししか立ち寄れなかった所だったので、今回はある程度メインに(←自分だけそう思っていた)時間を費やすこととなりました。

自転車で行き止まりまで行くと…きれいな海が広がっていました。

天候にも恵まれ、とてもきれいな海を望むことが出来ました。

本当にきれいな所でしたよ!

ここは確実に時間の流れるスピードが変わっている所です。

とてもゆっくりとしていて贅沢とも感じられる時間が流れています。

『美ら海水族館』 が近くにありますが、こちらは自分としてはどうでもいぃのです。
でも、子供達はそこそこ楽しみにしていたので寄りましたけど…。

時間がちょうど良かったらしくジンベエザメの餌やりを見ることが出来ました。

※ 『福木並木』 の詳細はこちら ⇒ 福木並木

※ 『備瀬の海岸』 の詳細はこちら ⇒ 備瀬崎

備瀬は、本島でも唯一と言えるほど大規模なフクギ林が残っている集落である。そして屈指の美しい海、さらには知る人ぞ知る夕日スポットでもある。人とすれ違う事もほとんどなく、何年も前に時間が止まってしまった様な静謐な空気。

■備瀬崎
知る人ぞ知る、と最近言えなくなってきたほどのスノーケリングポイント。潜らなくても岸からいろいろな種類の熱帯魚が見られる。ニモ(カクレクマノミ)も沢山いたが、心無い人にイソギンチャクごと持ち去られてしまった。漁業権や県漁業調整規則により規制されているので、くれぐれも海洋生物は持ち帰らないようにして欲しい。よいこのみんなは魚を網ですくったりして遊んでも、帰るときは海に帰してあげてね。目の前の島(聖域になっている)へは干潮の時歩いて渡る事ができるが、潮が満ち始めると戻れなくなってナキを見るので注意。また川のように激しく流れる潮流が発生したり、クラゲに刺されたりする事もあるので、小さな子供連れの場合は特に注意が必要だ。尚ここだけの話しだが、探せば星砂が見つかる。自分で見つけたホンモノの星砂は一生の宝物になるでしょう。
※管理されている遊泳場ではないので、AEDは勿論、救急セットもハブクラゲ除けネットもレスキューも、何もない。くれぐれも自己責任で気をつけて楽しんで欲しい。


(20091227旅)  


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2009年07月21日

養老天命反転地

■『養老天命反転地』 岐阜 養老町











随分前からちょっと気になっていた所に…ついに行って来ました~!

行くまでその全貌がよく分かりませんでした。

行って見て…う~ん、やっぱりよく分からん…。

でも、少しわくわくして子供時代に戻った様な妙な感じがしました。

※ 説明して理解出来る様な場所ではないので、行って見て体感して下さい。

※ 『養老天命反転地』 の詳細はこちら
http://www.yoro-park.com/j/rev/

 養老天命反転地は、現代美術家荒川修作と、パートナーで詩人のマドリン・ギンズのプロジェクトを実現したテーマパークです。
約18,000m2の園内には、メインパビリオン「極限で似るものの家」とすり鉢状の「楕円形のフィールド」があります。「極限で似るものの家」は岐阜県の形をした屋根を持つ迷路状の建物で、天井、地上、地下の3層にそれぞれ家具が取り付けられています。「楕円形のフィールド」には、この「極限で似るものの家」を分割したパビリオンが点在するほか、148の曲がりくねった回遊路や、大小さまざまの日本列島が配されています。
ここでは、予想もつかなかった風景や懐かしい風景、いろいろな出来事に出会うことになるでしょう。はじめて体験する世界で、新しい自分を発見できるかもしれません。

園内はすべて斜面で構成されていますので、ゴム底靴など身軽な服装が適しています。
ペットの持ち込み、園内での食事はご遠慮ください。また、ゴミのお持ち帰りにご協力ください。


■芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズはこんな作品も創っています。
『三鷹天命反転住宅』
http://www.architectural-body.com/mitaka/

三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller は、芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによる、世界で最初に完成した「死なないための住宅」です。

(20090720旅)  

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2009年01月05日

慶佐次のヒルギ林

■『慶佐次のヒルギ林』 沖縄 東村





今回は 『やんばるのマングローブ』 の入口だけを見て来ました。

子供がもう少し大きくなってくればカヌー体験は是非ともしたい!

カヌーといえば…社会人になりたての頃、車に着ける専用のキャリアを買ったが、お金が無くて出来なかった辛い過去があります。(泣)

そんなにドカドカと林の中に入っていかなくてもいい。
そーっと雰囲気を感じ取れさえすればいいのです。

何年か後が楽しみです。

数年後でも…ハブはイヤだ! ヤンバルクイナは歓迎です!

※ 『慶佐次のヒルギ林』 の詳細はこちら ⇒ 慶佐次のヒルギ林

慶佐次(げさし)湾の河口から上流に向かって発達した、ここ慶佐次川のヒルギ林は、沖縄本島では最も規模が大きく、10haにオヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギなどが生え、中でもヤエヤマヒルギは分布の北限にあたることから、大切に保護するため昭和34年(1959)年12月6日に、当時の琉球政府の天然記念物に指定されました。

 そして、沖縄の祖国復帰により、昭和47年5月15日に国の天然記念物に指定されました。さらに、平成5年4月1日には、東村が誕生して70歳の誕生日を記念して「ヒルギ」が村の木に指定されました。


(20081223旅)  

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2008年12月27日

やちむんの里-1

■『やちむんの里』 沖縄 読谷村











ここは前回訪れることが出来なかった場所です。
今回、大人の楽しみ・テーマとして 『気に入った焼物があったら買って来よう!』 ということがありました。

なるほど…この地域全体が焼物の村といった感じでした。

この里の入口にはきれいな駐車場が整備されていて、里内は歩いて散策をすることが出来ます。

焼物に興味のある方だったら半日では足りないかもしれません…。

うちは小さい子がいるから、1時間程でちょこっと廻って気に入った物を買って来ました。 (雨もパラパラしていたし…)

購入した物は、頑なな伝統を受け継いでいる物とは少し違って伝統を受け継ぎつつもポップ感を感じられる物です。

事務所&家にお越しの際はこの器でお茶を入れさせて頂くかもしれません…楽しみにしていて下さい!

※ 『やちむんの里』 の詳細はこちら ⇒ やちむんの里

「やちむん」とは沖縄で焼物のことで、やちむんの里は陶芸家の方々が集まってできました。里では作品を作っているところを見ることができたり、やちむんの販売や、やちむんの器で食事をとることもできます。自然に囲まれた美術館にいるような感じがします。

■沖縄の焼物は、力強く暖かいものが多いです。

1682年の頃、琉球王朝の尚貞王は、各地に点在した窯場を壺屋に集めて陶業の進行を図りました。そして、今まであった技術に加え、日本、中国各地の技術を吸収しながら多彩な焼き物を作っていきます。
現在でも、那覇の壺屋には多くの焼き物やが軒を並べ、登り窯の跡などもあり、当時の繁栄を時間を超えて垣間見る事が出来ます。
 ただ、最近では住宅が密集してきたので、焼き物を焼くには環境的に無理が生じてきたために窯場は読谷村の座喜味城跡の近くにあるやちむんの里の方に移っています。
 人間国宝の金城次郎氏が招致され、「やちむんの里」構想に何人かの陶芸家達が共同登り窯をつくり、その後若手の陶工が読谷山焼「北窯」として独立、現在は何軒のも工房が立ち並び、各々売店、展示場などが併設されて週末には、この山間の里に来る人々も増えています。


(20081225旅)  

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2008年12月27日

古宇利島

■『古宇利島』(こうりじま) 沖縄 今帰仁村









古宇利大橋が有名です。
ここは沖縄を紹介した雑誌の表紙とかにもよく使われています。

以前から気になっていたスポットなのですが、今まで一度も行ったことがありませんでした…。

車でこの橋が見える所へ出ると、思わず 『ワ~ッ』 と声を出してしまうことでしょう。

当日はあいにくの曇り空でしたが、十分にその景色を楽しむことが出来ました。
でも…多分、晴れていたらもっと感動したことでしょう!

橋のたもとの海岸でサンゴを拾い、両手にとって砂みたいに落としてみると、カラカラカラッと心地良い音がしましたよ!

島を1周まわって見たら、風情のある景色を観ることが出来ました。

コレといったものはありませんが、美しい景色は何物にも代えられないものだと感じました。

大切にしていきたい風景ですね。

※ 『古宇利島』 の詳細はこちら ⇒ 古宇利島

古宇利(こうり)島は半径約1Km、周囲が約8kmあり、漁業と農業が盛んな島です。古宇利大橋を渡り始めるときれいな海が広がり思わず声が出てしまうほどきれいです。島内はのどかでサトウキビ畑が広がり、昔ながらの沖縄の家が建ち並んでいます。映画やCMのロケ地としても有名です。
古宇利大橋が開通して島外の人もアクセスしやすくなり、週末にもなると島内はにぎやかになります。また、食堂もありますので食事をすることも出来ます。
橋の近くにきれいなビーチがあり、パラソルなどのレンタルも行っていますので海水浴を楽しむこともできます。また、シュノーケルツアーなども体験できるショップもあります。(下記参照)
お願いがあるのですが、民家周辺の道は狭く、車でそこへ入ると島の人に迷惑をかけてしまいますので、入らないようにして下さいね。島を一周できる古宇利一周線があり、10分ほどで一周できますのでそちらもお勧めです。これといってなにもありませんが、沖縄らしい雰囲気や景色を体験したい方にはおすすめです(晴れた日を狙っていくといいですよ)。


(20081223旅)  

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2008年12月26日

ルネッサンス オキナワ

■『ルネッサンスリゾート オキナワ』 沖縄 恩納村







『Club Savvy』 はお勧めです!

ホテルの中だけで楽しめるプログラムがいっぱいです。

ちょっと例を上げるだけでも…
 ・お風呂は温泉です。
 ・ホテルの敷地内でイルカショーをやっています。 (ホテルでなんとイルカを飼っている。)
 ・お昼は基本的に無料です。(美味しい料理です。)
 ・子供には季節柄 『お菓子の国』 を開催しています。
 ・聖歌隊・ゴスペル隊等の歌を聴くことが出来ます。
 ・ホテル内ではサンタさんが 『メリークリスマス! フォッ フォッ フォッ!』 と言いながらウロウロしています。
 
 ※その他、マリンプログラムも充実しています。

沖縄本島の中心部に位置している為、どこへ行くにもアクセスが良く、ベースとして最適です。

※ 『ルネッサンスリゾートオキナワ』 の詳細はこちら ⇒ ルネッサンスリゾートオキナワ

詳細は省きます。いいところなので、是非行ってみて下さい!

(20081224旅)  

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2008年10月28日

遠州横須賀-3

■『井戸』 掛川市(旧大須賀町)





思わず立ち止まってしまいました。
というか、おばさん達が何か立ち止まって見ていたので、自分も立ち止まってしまったわけでありまして…。

案内の立ち札も掛かっており、以前からこの様にオープンにされていた様子です。
普通は気づかずに通り過ぎてしまう様なスポットで、自分はまったく知りませんでした。

おそらくこの街にはこの様な井戸がたくさんあったことでしょうし、まだ現存しているものがたくさんあるのかもしれません。

時代を超えて井戸端会議の話し声が聞こえてくる様なそんな気がする場所でした。

この奥には、古くから共同使用のつるべ井戸があり、清潔にして美しい水が豊富に湧いておりました。
ここは井戸に通じる道として 『井戸道』 と呼ばれてきました。
家と家に挟まれたこの小さな空間は、昔から大人たちの井戸端会議の話し声が絶えずまた子供たちが独楽を廻したり、竹馬をするなど、遊びの格好の場所となりました。

『横須賀の街並みを考える会』 十六軒町


※ 『井戸』 の詳細はこちら ⇒ 井戸と風俗

~井戸は、戸別に置かれる場合もあるが、高価であるため、集落の中では数戸単位で設置されることが多い。この場合、生活の一部である井戸端は格好の会話の場所となった。また、井戸には水を汲み出して行う大規模な清掃が必要であり、これを井戸替え、井戸浚え(いどさらえ)、晒井戸(さらしいど)などと呼ぶ。井戸替えも専門の業者が行う他、使用者が共同で当たり地域における夏の年中行事として行なわれる。

水は生活にとって欠かせないものであり、それを汲み上げる井戸は重要視された。日本においては井戸神として弥都波能売神(みづはのめのかみ、水神)などが祀られた。井戸の中に鯉などが放たれていることもある。魚が棲めるということは水が清いということである。この魚を井戸神とみなす地方もあり、井戸の魚はとってはいけないとされる。イモリも井戸を守る「井守」から来ているという説がある。禁忌も多くあり、例えばむやみに井戸を覗き込んではいけないとされた。

その一方で、地下の黄泉に繋がる異界への入り口とも考えられていた。幽霊が出るなどはその一例である。また平安時代に小野篁が井戸を通って地獄に通ったとされる伝説も有名。最近では鈴木光司によるホラー小説『リング』があり、井戸が作品のキーポイントとなっている。

「井戸に毒を入れた」という表現・流言があるように電気・ガスなどがない時代においてライフラインの根幹を破壊する行為の象徴として井戸は位置づけられている。~


(20081026旅)  
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2008年10月27日

遠州横須賀-2

■『栄醤油』 掛川市(旧大須賀町)













まず、たたずまいがいいでしょ!

とてもいい雰囲気を醸し出している建物です。
現在、『栄醤油』 の醤油を使っているので新たに買うことはなかったのですが、内部を公開していたのでのぞいてみることにしました。

建物の中は醤油の香りが漂い、よくTVで観る樽が置いてあり、『あ~ここで醤油って造られているんだ~』 と今まで頭でイメージしていたものと実物が一致してちょっと感動しました。

なにも小豆島に行かなくても見られるのです。

職人さんが樽の状況や工程、生醤油と醤油の違いなど親切に説明して下さり、とても親しみを感じることが出来ました。

これから買うには、ここまで来てここのお店で買うようにしたいと思っています。

※ 『栄醤油』 の詳細はこちら ⇒ 栄醤油

創業は江戸時代寛政七年からの醤油醸造元です。
現在七代目になります。作り方は昔とあまり変わっていません。
その”お醤油のできるまで”の紹介と”商品の説明”です。
 そして城下町遠州横須賀の紹介と町内のおもしろい店等々。


(20081026旅)  
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2008年10月27日

遠州横須賀-1

■『遠州横須賀』 掛川市(旧大須賀町)











今回、『遠州横須賀街道ちっちゃな文化展』 というイベントで、身近にあった 『横須賀』 という街を歩いてゆっくりと見物することが出来ました。

こんな風にこの街を眺めることは今までありませんでした。
通りに面する家々のご協力もあり、家の中に入って様々な作品を見ることが出来ました。

この庇がどうのこうのとか、ここがこうだからいいんですよ!とかそういう説明は一切不要である。

そこに訪れる人にとっては住む人達の生活・文化・伝統を垣間見ることが出来て、そこに住む人にとってはみんなでイベントを通して繋がっているというコミュニティーの健全さを感じ、展示される作家さんと住人さんとの間では新たな出会いや絆を深めることが出来て、様々な人にとってとても良いイベントだと感じました。

是非、来年も来ようと思いましたね。

とても風情があり、また楽しくもありました。

感謝です!

※ 『遠州横須賀』 の詳細はこちら ⇒ 遠州横須賀街道ちっちゃな文化展

全国の芸術作品が遠州横須賀に集合!
 
 「ちっちゃな文化展」は、横須賀地区に残る古き良き町並みをそっくりそのまま美術館にしてしまおうというイベントです。今年も全国の作家の方々の手によるバラエティ豊かな芸術作品が、町のいたるところに飾られます。
 また、町内の名人たちによる技披露をはじめ、コンサートや城下町骨董市などの協賛イベントも催されます。

テーマは「町並みと美の晴れ舞台」

 この「ちっちゃな文化展」の特徴の1つは、普段生活しているお宅の軒先や部屋、土間を借りてイベントが催されるところにあります。このイベントは、文化展を主催する遠州横須賀倶楽部の15年以上に渡る地道な努力と、それに賛同し応援する多くの人たちの心意気なくしては成り立ちません。
 美しい町並みとすばらしい芸術作品の数々、そして人情味あふれるここ遠州横須賀に来てみませんか。


(20081026旅)  
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2008年10月26日

通天閣

■『通天閣』 大阪





CMAの総会の後、大阪の仲間に連れて行って頂いた大阪の名所です。

『通天閣』 から放射状に伸びる何本かの道はそれぞれでまったく違った表情を見せてくれます。

イヤイヤイヤ…見ていて実に面白い!

以外や以外、地元の人はこの辺りにはあまり来ないそうである。

どうやら、『何だか最近きれいになったそうやで~』 『へ~そうなんや~』 で話は終わってしまうらしい。

何年か前までは本当にここは柄が悪くて、とても行く気にはならなかった場所だったとのこと。

大阪の人の方が、その代わり映えを見てある意味カルチャーショックを受けていました。

『や~、来て良かったわ~!これなら案内できるわ~。いいわ~!』 とおっしゃっていました…。

※連れて行って頂きまして、有難うございました。

ちなみに、今回は 『通天閣』 も人気があって入れませんでした。

いつか、来ようっと!

※ 『通天閣』 の詳細はこちら ⇒ 通天閣

通天閣とは、天に通ずる高い建物という意味です。地上103m、360度のパノラマ展望台は、大阪の街を一望できるすばらしい眺め・・・大阪の夜景を楽しむのもロマンチックな気持ちになるだろうね。ビリケンさんの像も通天閣に行ったら、「足を掻いて」願い事をしてください。合格祈願・縁結びなどの神様なんです。通天閣の売店にはビリケンさんのおみやげがいっぱいでした。そして通天閣周辺では、じゃんじゃん横丁という大阪昔ならではの下町商店街があります。そこには名物の串かつやどて焼き屋さんが並んでいます。是非食べに行ってほしい探検スポット!

(20081025旅)   
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Posted by kon at 00:43Comments(0)街並探訪

2008年10月26日

じゃんじゃん通り

■『じゃんじゃん通り』 大阪







CMAの総会の後、大阪の仲間に連れて行って頂いた所です。

いや~いいですよ!

ここまで看板が道路にはみ出しているのは…。

それと、外壁という外壁全てが看板というのも迫力があっていいですよ!

ここまでいくともうアートの世界ですね。

威勢いいね。

こういうの好きです!

中途半端じゃなくて!

※ 『じゃんじゃん通り』 の詳細はこちら ⇒ 新世界編・ジャンジャン横丁 

新世界公園通り商店街04・平野屋

大阪の正統派・立ち飲みの「平野屋」、営業中の姿です。

■ジャンジャン横丁・千成屋コーヒー

「なぜかこの手の商店街にはこの手のコーヒー店が必ずあります。そしてまたこの手のコーヒー店は必ず美味しい珈琲があります!」というのが商店街の定理です。この「角ゴシック」の愛想のない看板を見てください!シンプルイズベストです!

■ジャンジャン横丁・串かつ

ジャンジャン横丁と言えば2度漬け禁止の「串かつ」が有名です。特にこの商店街の「ちとせ」や「八重勝」は新世界正統派の串かつ店として古くから営業を続けています。よく見ればこの看板の「身体に優しい植物油を使用」には時代の趨勢を感じます。多分終戦後は、「身体に悪いから串かつは植物油で!」なんて事は夢にも考えなかったでしょうね!生きて行くだけで大変だったのですから。

■ジャンジャン横丁・王将

かの有名な坂田三吉が通っていた将棋会所です。この種のゲーセンの原型は囲碁・スマートボール等がこの商店街にあり、少し他の商店街とは異なる成り立ちを持っているようです。
※どちらかというと東京は浅草に近い雰囲気です!
店舗は閉鎖的ではなく外から観戦することが可能なつくりで、賭け将棋などが出来にくいシステムだと推測されます。ともかく客の年齢層が50歳以上で完璧な「シルバーゲーセン」です。

■ジャンジャン横丁・ホルモン道場

ここでも大阪闇市を発祥とする「ホルモン焼店」が存在し興味深い!この地区の事を時代の生き証人の高齢者に聞いてみるとやはり第2次大戦の空襲にて通天閣より南のこの地区一帯が焼夷弾にて被災したようで、どちらかといえば「ホルモン」とか「串かつ」や「すいとん」と言った飲食のバラック小屋が中心の小規模の闇市(闇飲食街)であったようです。

■新世界公園通商店街03・平野屋

新世界では知らない人のいない居酒屋の名店「平野屋」この日も夕刻からの開業で、昼間はこんな風ですが夜には立ち飲み客で店はあふれ帰ります。価格はリーズナブルな上に味のいい、大人の居酒屋です。やはり老舗は落ち着いている!

■新世界公園本通商店街02

この色彩感覚には驚きます。原色の洪水です!ここまで強烈なデザインが連続すると、かえって目立たないのではと言う気がします。人はこれを「大阪的デザイン」と言いますが果たして本当にそうなんでしょうか?この強烈な店舗を詳細に見て行くと、強烈なのはほとんど新興のチェーン店化された他県の資本の飲食店です。新世界で味を守っている生え抜きの老舗はみんな静かに営業してます!数は少なくなってきましたが!

■新世界公園本通商店街01

典型的な大阪紹介アングルで撮影してみました。通天閣を背景にづぼらやの看板・・・いまや若い世代やファミリーにまで支持されている一大観光ゾーンです。しかし両サイドのお店の看板はまるで「アジア」ですね!そういえば昨夜も大阪は熱帯夜でした。

■通天閣本通・更級

粛々と営業を続けている「蕎麦の更科」です。ともかくうどん文化圏の大阪にあって、それもコテコテの新世界のど真ん中で江戸文化の象徴のような蕎麦屋を続けている気骨には感激いたします。店構えは江戸風、しかし味は納得の関西風味に仕上がっております。新興の「まやかし大阪コテコテデザイン」に負けないで末永く営業してください!


(20081025旅)   
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