2007年01月10日
首里城跡
■『首里城跡』 【世界遺産】 沖縄




『首里城跡』 は沖縄の観光地の中でもかなり人気の歴史スポットですね。
想像していた通り、たくさんの観光客が訪れていました。
城壁の石のモノトーンの色に、建物の鮮やかな赤い色のコントラストを見たとき、これは本州ではありえない組み合わせだな…と感じました。
正直な所、ちょっと合わないなというのが素直な感想であった。
もともとこの様な組み合わせであったのだろうか?
写真展示されていた昔の首里城は木造で雰囲気のあるものでしたが、白黒写真であったためどんな色であったかは定かではありません。
いずれにしても、中国大陸の影響をより濃く受けていたことが判ります。
御庭に入るともう全くの異国の地といった感じがした。
建物はというと、中国の屋根と比べて全然反り上がっていない。
現在のものは1992年に復元されたものであるからよく判らないことが多く残念です。
首里城(しゅりじょう)がいつごろ、だれによって作られたのかは明らかにされていませんが、尚巴志(しょうはし)が1429年に三山を統一してから450年間、琉球王国の王様の住まいとして国の政治や儀式、祭祀(さいし)などがおこなわれていました。
首里城は、那覇港を見おろす高さ120メートルの丘の上にあり、わき水にもめぐまれています。
これまでに王家の争いや火災、戦争などにより4回焼けてなくなりましたが、現在の首里城は、1992年に復元されたものです。
※ 『首里城跡』 の詳細はこちら ⇒ 首里城跡
(20061228旅)




『首里城跡』 は沖縄の観光地の中でもかなり人気の歴史スポットですね。
想像していた通り、たくさんの観光客が訪れていました。
城壁の石のモノトーンの色に、建物の鮮やかな赤い色のコントラストを見たとき、これは本州ではありえない組み合わせだな…と感じました。
正直な所、ちょっと合わないなというのが素直な感想であった。
もともとこの様な組み合わせであったのだろうか?
写真展示されていた昔の首里城は木造で雰囲気のあるものでしたが、白黒写真であったためどんな色であったかは定かではありません。
いずれにしても、中国大陸の影響をより濃く受けていたことが判ります。
御庭に入るともう全くの異国の地といった感じがした。
建物はというと、中国の屋根と比べて全然反り上がっていない。
現在のものは1992年に復元されたものであるからよく判らないことが多く残念です。
首里城(しゅりじょう)がいつごろ、だれによって作られたのかは明らかにされていませんが、尚巴志(しょうはし)が1429年に三山を統一してから450年間、琉球王国の王様の住まいとして国の政治や儀式、祭祀(さいし)などがおこなわれていました。
首里城は、那覇港を見おろす高さ120メートルの丘の上にあり、わき水にもめぐまれています。
これまでに王家の争いや火災、戦争などにより4回焼けてなくなりましたが、現在の首里城は、1992年に復元されたものです。
※ 『首里城跡』 の詳細はこちら ⇒ 首里城跡
(20061228旅)
Posted by kon at 23:58│Comments(0)
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